親の面倒を見るのは誰?〜父親が残った場合〜

親の面倒をみる

老夫婦の場合『2人だから生活が成り立っている!』という場合があります。

もしもそんな夫婦の、どちらかが先に亡くなってしまったら…。

我が家の場合

母の死後、『団塊の世代で亭主関白』だった父が一人残されました。

その日から今日に至るまで、私と父との間には数多くの葛藤がありました。(やっとここまで来られた!という感じです。)

皆さんに自分が『面倒を見る』立場になることも、『見られる立場』になることも含めて、ぜひ考えて欲しいと思い『残された親と、どう向き合っていくべきなのか?』についてまとめてみました。

今まさに、一人で立ち向かっている方!頑張りすぎはダメですよ!!!

頑張りすぎると、必ず限界が来ます。(身をもって経験しました…。)

私が限界を迎えるまでの経緯も含めて、自分がつぶれないための参考にしてもらえたら幸いです。

自称:「俺はなんでもできる』父

頑固おやじ母がまだ、それなりに元気だった頃父は『自分はなんでもできる!』と豪語していました。

やろうと思えば(自分は若い頃、一人暮らしもしていたから)

料理もできる。

掃除もできる。

なんでもできる!!!でもやらないだけだと…。

世の男性の諸君!あなたも奥さまに、似たような事言っていませんか?

本当にできますか?嫁はできると思っていません。確実に。(笑)

母の入院 〜俺のご飯はどうなる?〜

そんな父でしたが、ある時母が長期入院することになりました。すると、どうでしょう!

『俺はなんでもできる』父だったはずなのですが、『俺のご飯はどうなる?』父に変わりました。

あれ?なんでも出来るんじゃなかったけ?

自分でご飯を作る事は(もちろん)しません。そして、今まで何十年も母と一緒に暮らしており、一人でご飯を食べることなんてなかった父。一人でご飯を食べる』のもイヤなのです。

するとだんだん私に対して『ご飯はおまえが作ってくれ』となっていきます。

母は生前『私が死ぬときでさえ、自分のご飯の準備の心配をしているのではないか?』と冗談めかして言っていましたが、とにかく『俺の飯の心配』が1番になりました。

とはいえ、私も仕事をしていますし、結婚もして実家とは別に家庭を持っています。母の見舞いにもいきたいし、となってくると当然ご飯を作っている余裕などありません。

自分たちの晩ご飯でさえ『毎日ほぼ弁当』なのに作れるわけがありません。(理解ある旦那で、感謝しています!)

見かねた入院中の母が『近所の定食屋に、夜ご飯を頼んだら?』と提案してくれたのですが『近所にかわいそうなやつと思われたくない!』と言われあっさり拒否されました。『誰も我が家のことになんて、興味ないって…。』と私は思うのですが、父は譲りませんでした。

それでも『短い間』ならと私も父も妥協点を見つけて、なんとか乗り切っていたのですが…。

先が見えない辛さ

暗闇のトンネル

そうこうしているうちに母が亡くなり、いよいよ父が自分の家の家事を1人でやらなくてはいけない状態になったのです。

が、できるわけがありません。(当たり前ですが…。)

そして私も『急に一人になって寂しいだろう…。』と、始めはなるべく父のいうことに従ってしまったのですが…。

父の要求

実家で夜ご飯を作って食べて欲しい。

母が育てていた花の世話をして欲しい。

仏壇の花の管理をして欲しい。

仏壇に上げる供物を食べて欲しい。

仏壇のおりく膳(下の図↓こういう感じのお膳です。)を作って欲しい。

御仏膳イラスト

などなど…。

その他ちょっとしたことでも、今までおそらく母に言いつけていたようなこと全般を、私に頼るようになってしまったのです。

そして頼んだことをし終わるまで、しつこく何度も何度も『やったのか?やっておいてくれ!』と確認されるのです。(例えば、年賀状などの発送準備を夏の時期からずっと言われる。)

さすがにこれには参ってしまって『あまり何回も言わないで欲しい!』と伝えたのですが、『俺はもう歳だから、しょうがない!』と(笑いながら)一蹴されてしまいます。(でも私が父に何か、「こうして欲しい!」と言うと、聞きたくないようで怒ります。)

本当に、私がイヤがっていると思っていないのです。父に悪気がないのも分かってはいます。でも…。(地味に神経が、擦り減りました。)

果たしてこの生活は、いつまで続くのだろう…。

限界が来る時

ハートがヘルプ

そんな父との生活の中で一番辛かったのは、生活時間帯が違いすぎたところです。

朝が早い我が家と、夜が遅い父。

我が家としては旦那の仕事の関係で朝が早いため、できるだけ早く夜ご飯も済ませて、お風呂も入って早く寝たいのですが…。

父は自営業をしていたこともあり、夕ご飯はどうしても夜遅くになってしまいます。

そして自分の家でご飯を作って食べるのであれば、ご飯を作りながら他の家事を済ませたり(洗濯など)お風呂に入ったりできるのですが、それもできません

夕ご飯の支度が終わると、父と一緒に食べるために旦那と二人で私の実家のリビングで、ただただ父の仕事が終わるのを待つ毎日。(日によって父の仕事が終わる時間には、ばらつきがあるので『その時間までに実家へ行けばいい!』とはいきません。逆に我が家でご飯を食べることも父に提案をしましたが、イヤだと言われてしまいました。)

と言うことは父としては、自分の生活は1ミリも変えるつもりがないのです。しまいには『うちでゆっくりすればいいじゃないか!』と言って退けます。(父の中では『母がしていたことを私にスライドして、やってもらえばいいだけだ!』と思っていたのだと思います。)

そんな生活が続いていくと始めは『父に優しくしょう』と思っていたはずなのに、私も旦那もいつの間にか父に対して塩対応になっていきました。

そして父の方は父の方で、細かいところや勝手が『母とは違う私』に苛立ちが募っていきます。

この時期には私はもう父と一緒にいるのが本当に苦痛で、実家に行く時間になると胃が痛くなる症状が出るようになりました。

おそらく旦那は、私以上に参っていたに違いありません。このような生活を続けた結果、旦那は20キロの減量に成功(?)し、私は病気になりました(ここまで母が亡くなってから約1年の期間です。)

夫婦で限界

こうして私たち夫婦は、限界を迎えたのです。

なんでもしてあげることが『最善』ではない

私たちが限界を迎えて気がついたことは、父のして欲しいことをあまりにも私がしてしまったので『自分でやる!』と言う意識が、父になくなってしまったのではないか?と言うことです。

本来、1年と言う期間があればやったことがないことでも『それなりにできるようになる』はずなのですが…。

私の失敗は、まさにそこで始めに『父にやらせるよりも自分でやった方が早いし、楽だし』自分ができることは、できるだけやろう!と思ってしまったところだと思います。

本当は私が全てやってしまうのではなくて『父が一人でもできるようになるサポートをする』べきだったと…。

でもその時には悲しみの中にいることもあり、父がかわいそうでついつい世話を焼きすぎてしまいました。そして父も自分のそんな状況を盾に、なんでも私に『やってくれ!』と依存しすぎてしまったのです。

頼れそうなところには、頼る努力をしよう!

私は自分が頑張れば、なんとかなると思っていました。

でもそれは間違いです。

期間が決まっているのであれば頑張れますが、ズッーと『その生活』が続くのです。誰か一人が背負っていると、必ずつぶれます。

私には『弟』がいます。本当であれば、もっと早い段階で彼に『もっと強く助けを頼むべき』でした。

ちょいちょい私が父に対して爆発し、家族でもめ事を収めるために会議(のようなもの)を開くこともあったのですが、弟としても『口を出せば自分も面倒をみることになるかもしれないし…。仕事も忙しいし…。子供が生まれたばかりだし…。』といろいろと思うことが(おそらく)あったのでしょう。彼はいつもダンマリを決めていました

多分『黙っていれば、ねーちゃんがなんとかするだろう。(だって今までもやってきたし。)』と思っていたのだと思います。

そして、本当にできなければどこか(外部)に頼めばいいし…と。

おそらく彼には自分のことではなく、ちょっと人ごとのような感じがあったのではないでしょうか?(よく言えば、ドライに考えていた。)

結局私は父とも弟ともめたくなくて、どんなに大変でも強く言えずに最後は『しょうがない…』と(諦めて)自分で背負ってきてしまったのです。

今になって考えると、自分だけが我慢をしている生活を続けていても限界は遅かれ早かれ多分必ずやってくるのだから、ある程度家族でもめたとしてももっと早くに『助けてほしい!手伝ってほしい!』と訴えればよかったと後悔をしています。(自分の健康を損なう前に!助けは求めるべきです!

その後の我が家

その後の我が家は、私がこれまでになく本気で爆発したことで父も少しづづ自分でよるようになり、弟も少し父を手伝い助けるようになりました

今でも夜ご飯は、一緒に作って食べられるときには父と一緒にたべます。

でも、一緒に食べない時もあります。(一緒に食べられない時があっても、大丈夫になったのです!)

父と夜ご飯を一緒に食べない時の対策として、一日一食分だけ宅配お弁当を頼むことにしました

夜ご飯を私たちが父と一緒に食べられない時は、お弁当を父に食べてもらいます。私たちと夜ご飯を父が一緒に食べた時(お弁当を食べなかった時)は、お弁当は次の日の朝ごはんにしてもらいます。

母のお仏壇の花も、たまには父が自分で買うようになりました。

弟も、たまには父を買い物に連れて行ってくれます。

まだまだ父や弟にも、本当はもっとして欲しいところですが、以前に比べたら大進歩です!!!

まとめ〜頑張っているあなたへ〜

年老いた両親

私が思うには、他人でも親族でも『その人』と関われば関わるほど、その人を失った時の喪失感は大きくなると思います。

それだけを考えるのであれば、介護や親の面倒にはあまり関わらない方が良いのかもしれませんし、その方がきっと楽です。割り切って他人に頼む方が一番良いと言う人もいます。(金銭的に介護や面倒を見ればいいと…。)個人個人に考え方が違うので『何が正解で何が間違いか?』は私にはわかりません。

それでもやっぱり、見放すことができなくて、自分が苦しくなることが分かっていても頑張っているあなたは優しい人です。

介護や親の面倒は一定期間ずっと続くことだから、『その人』と一緒に笑って生活をするために自分だけで背負うのではなく、一緒に背負ってくれる人がいないか?周りを見て欲しい!私はそう思うのです。

一緒に背負ってくれる人は家族かもしれないし、御近所さんかもしれません。そのような人がいなければ、行政に相談したって良いのです!

頑張り屋さんのあなたの近くに、一緒に頑張ってくれる人がいることを、私は切に願っています!

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